はじめに
脱炭素電源として「小型モジュール炉(SMR)」が注目される理由
ASEAN諸国が再び原子力発電に興味を持つ背景には、3つの大きな要因があります。
ポイント1:データセンター建設による電力需要の拡大
欧米企業や国内企業が東南アジアに進出する際、データセンターの誘致を重要な課題としています。しかし「電力の安定的供給」が求められており、消費電力の大きい事業に対し十分な電力が確保できない現状があります。
ポイント2:2050年までの大幅な電力不足予測
国際エネルギー機関(IEA)のシナリオでは、ASEAN全域で4,530億キロワット時の電力不足が発生すると見込まれています。これは脱炭素目標を達成するため、従来の化石燃料への依存度を下げつつも電源を確保する必要があります。
ポイント3:中東情勢悪化による原油供給不安
国際情勢が不安定化する中で、「電源多様化」の重要性が認識されています。これにより、原子力発電への再評価が高まっているのです。
各国の具体的な原発導入計画と技術比較
ASEAN諸国はそれぞれ独自の原発戦略を策定しています。それぞれの国の特徴を紹介します。
| 国 | 目標年 | 出力計画 |
|---|---|---|
| タイ | 2037年まで | SMR 2基(30万キロワット×2) |
| フィリピン | 2032年まで | 少なくとも1.2百万キロワット |
| ベトナム/ミャンマー | 2030年頃 | ロシアロスアトムと協定 |
| インドネシア | 2035年頃 | 国内初の原発稼働を目指す |
| マレーシア | 2031年まで | 第13次計画に盛り込み |
小型モジュール炉(SMR)と大型原子力炉の違い:
- 出力: SMRは30万キロワット以下、大型炉は1百万キロワット級
- 製造方法: SMRは工場生産後に消費地に設置可能
- コスト: 建設コストの抑制が期待できる
注目:フィリピンのバターン原発の再活用可能性
フィリピンでは、1984年にほぼ完成したバターン原発を再び活用する計画が検討されています。建設当初から稼働していなかった理由は:
- 独裁政権の崩壊
- チェルノブイリ原発事故の影響
国際情勢と技術優位性:中国とロシアがリードしている現状
「原発の受注競争」における主要プレイヤー:
| 国 | 商用運転開始 | 優位性 |
|---|---|---|
| 中国 | 2023年12月 | 技術開発、価格優位性 |
| ロシア | 2020年7月 | SMR先行、協定結び |
| 日本(日立) | – | 米GEとの提携で展開 |
「最有力候補は中国」との見方:
「東南アジアでは価格も重要なファクターになる。中国は技術開発で先行し、価格優位性もあります」
タイ開発研究所 アリーボン・アサウインボンパン研究員
日本の立場:日立製作所などへの展開可能性
日立製作所は、米GEベルヌバと東南アジアでの原発展開で提携しており、「日本勢にも動きがある」との評価です。ただし価格競争では中国やロシアに劣る可能性があります。
補足情報:ASEAN原発のセキュリティリスクと今後の展望
重要な注意点:
- 非核兵器地帯への導入: アジアは「非核兵器地帯」として知られていますが、ASEANに原発が導入されることは安全保障上のリスクを含んでいます
- 中東情勢の影響: 原油供給不安定化のため、代替電源確保は喫緊の課題となっています
- 気運の高まり: 現状の流れは「当面止まる」可能性はありません
タイ開発研究所のアリーボン研究員によれば、「原発導入の流れは当面止まりそうにない」とのことで、各国で計画が進行中です。
再生可能エネルギーとの比較:
タイチュラロンコン大学のソムブーン・ラスサミー准教授の説明によると:
「太陽光発電や風力発電の出力は不安定で、再生可能エネルギーには限界がある。選択肢は限られる」
タイ最高学府チュラロンコン大学 原子力工学科長
まとめ:エネルギー転換期の新たな選択を模索するASEAN諸国
「原発導入」という一見センセーショナルな言葉の背景には、東南アジア諸国が直面する具体的な課題があります。それは単なる技術選択の問題ではなく、「脱炭素」という国際的な約束をどう守りながら、経済成長と電源確保を両立させるかというジレンマです。
データセンターの誘致や環境規制の強化など、ビジネスの世界では「電力不足」が現実的な懸念材料として浮上しています。これに対し、欧米企業は環境配慮を求め、ASEAN諸国は安定した電源確保を切望するこの状況は、国際社会における新たなエネルギー秩序を形作るプロセスの一つと言えるでしょう。
特に注目すべきは、従来の大型原子力炉ではなく「小型モジュール炉(SMR)」への転換です。これは単なる技術革新ではなく、「建設コストの抑制」や「設置の容易さ」という実務的なメリットを追求した結果です。工場生産後に消費地に設置可能なこのアプローチは、東南アジアのような新興国市場において特に有効なのです。
しかし同時に忘れてはいけないのが、価格競争の実態です。中国とロシアがSMR開発で先行しており、価格面での優位性を手にしています。これは「技術的優位性」という観点だけでなく、「経済合理性」というより現実的な要素を重視するASEAN諸国にとって決定的なポイントとなります。
安全保障上の懸念という点でも重要な視点があります。「非核兵器地帯」として知られるアジアにおいて、原発が導入されることは国際的に慎重な評価を招く可能性があります。しかし現状では、「中東情勢悪化による原油供給不安」などの現実的な課題に対し、エネルギー多様化の必要性が高まっているのが実情です。
日本企業にとっての示唆は明確です。日立製作所のような主力企業が米GEベルヌバと提携して東南アジアに展開する一方で、中国やロシアとの競争では価格面で劣る可能性を認識しておく必要があります。「技術優位性」だけを強調するのではなく、「地域経済への貢献」「環境配慮の実践」といった文脈でのアプローチが重要になるでしょう。


