はじめに
宿泊業界は「人手不足」という言葉が常時話題になる産業です。2024年の飲食・サービス業の離職率は25.9%という驚くべき数字です。全産業平均(14.2%)から1.7ポイントも上回り、建設業や製造業に比べても年収水準が低いのが現状です。
「人材確保できない」「定着率を上げたい」と考える人事担当者や事業オーナーにとって、どのような仕組みを作ればいいのかは永遠のテーマです。
その中で、高級ホテル2社が劇的な成果を出したケースがあります。
西武・プリンスホテルズワールドワイドでは離職率7%に抑え、京都府のラグジュアリーホテル「エルム」は過去3年で離職者わずか1人(ほぼ0%)。
どちらも従来の業界常識を覆す人事制度を導入しました。この記事を通過することで、貴社の人材定着率向上につながる具体的な対策が見つかるはずです。
「専門性を報いる給与体系」の導入が定着率を劇的に改善
伝統的なホテル業界では、「賞与に依存した収入構造」が一般的でした。
つまり、業績が良い年は手取りが上がり、悪い年は大幅に下がるというリスクを負わせる仕組みです。
この「安定性の欠如」こそが、優秀な人材の離職を招く大きな要因となっていました。
そこで登場するのが、2社の新しい人事制度改革です。
西武・プリンスホテルズワールドワイド:
- 年俸制へ転換し、一部賞与の基本給に組み込みました
- 初任給を月額31万円まで引き上げ、2026年度にはさらに33万3,000円を目指す方針
- 平均給与は5.2%の賃上げを実施
京都府のラグジュアリーホテル「エルム」:
- 実質14カ月分の給与を12カ月で支給する仕組みを導入
- 初任給月額最大35万円(業績・受賞歴による加算も)
- 年平均7-8%のベースアップを実現
これらの取り組みにより、西武・プリンスでは離職率7%前後に抑えられ、業界平均を大幅に下回る結果となりました。
具体的な制度と施策のポイント
成功した人事制度改革には、いくつか共通するポイントがあります。
ポイント1:資格手当制度の導入
西武・プリンスは「専門性に報いる給与体系」へ転換しました。
- TOEICスコア別段階的手当(英語だけでなく中国語・韓国語も対応)
- 語学力、サービススキル、調理、ソムリエ資格など複数職種で評価対象
- フロントやレストランだけでなく、現場の索道管理や機械操作にも適用
「これまでオペレーション現場の専門性が十分に評価されてこなかった面がある」と話す大森篤部長(ヒューマンキャピタル部)は、「現場で働く人材に報いる仕組みにした」と語ります。
ポイント2:年俸制による収入安定化
従来の「好況時に上乗せ・不況時に削減する賞与制度」を根本から改変しました。
- 川崎総一郎代表取締役(エルム)はこう説明します。「従業員にリスクを転嫁しているのと同じだ」
- 景気に左右されず安心して働ける環境が、優秀な人材の確保・定着につながります
ポイント3:福利厚生と労働環境の再構築
待遇改善だけでは不十分。具体的な福利厚生の充実も重要です。
- 26年度から年間休日を他業種と同等の120日に引き上げ
- 早朝勤務や夜勤などの残業代支払いを適切に実施
- ワークライフバランスの推進
ポイント4:従業員の主体的な挑戦への支援
「バーテンダー経験がない従業員が、本人の申し出により任されたケース」など、現場からアイデアを出してもらう土壌作り。
川崎氏はこう語ります。「外資系の高級ホテルとは一味違う価値を創造し、その対価をきちんと払う。それが定着率の高さを支えている」と。
ポイント5:離職率低下の実績と効果
- 西武・プリンス:離職率7%前後(業界平均25.9%)
- エルム:過去3年で離職者わずか1人、0%の年度もあり
これらの成果は、単なる「給与上げ」だけでなく、「仕組み改革」がもたらす効果です。
なぜ宿泊業は離職率が高いのか(背景と注意点)
制度的な対策の前に、業界の構造的問題に目を通しておきましょう。
低賃金・薄利構造
- 月額27万円前後の給与水準(建設業35万円、製造業32万円と比較)
- 客室稼働率重視のビジネスモデルで利益が圧迫されやすかった
- 親会社(鉄道・不動産)の給与水準を越えないという制約も多かった
人手不足の深刻化
- コロナ禍以降、訪日客需要の急増により現場は深刻な人手不足に直面
- 西武・プリンスのようないつの変革なしに人材確保ができなくなっている現状認識が重要
注意すべき点:
給与引き上げだけで解決するものではありません。制度全体の再構築が必要です。
また、競争相手は同業者だけではありません。「不動産や他のサービス業にも勝てる待遇を実現」する必要があります。
大森氏は「優秀な人材を採用し長く活躍してもらうためには、処遇を引き上げなければならない」と危機感を抱いています。
専門性の評価体系への転換
「年齢や役職も問わない」「職種横断で評価対象を設定」する仕組みが成功の鍵です。
現場経験の有無ではなく、「何をどれだけ学んだか・実践したか」を評価することが重要です。
まとめ
ホテル業界では長らく、「低賃金で人手不足」という言葉だけが流布されてきました。しかし、真面目に働く従業員への報い方が不適切であれば、優秀な人材は必ずや他社へ移ってしまいます。
西武・プリンスとエルムの実績が示すのは、単なる「給与上げ」ではなく、「制度の再構築」がどれほど強力な人材確保ツールになるかということです。
- 専門性を評価する:資格手当など具体的なインセンティブ設計
- 収入を安定させる:年俸制や基本給への組み込み
- 福利厚生を整える:休日制度などの働きやすさ向上
- 挑戦を後押しする:現場のアイデアを受け入れる体制
人事制度という「土台」が変われば、自然と離職率は低下し、優秀な人材は集まります。それは、単なるコスト増ではなく、「投資」と捉えるべきです。
コラム風にまとめると、
「人間の働きを考えると、人は安定したいものだ。収入が常に不安定であれば、その不安定さ自体が離職という選択を促す。それは経営者に対する苦情ではなく、人間としての当然の欲求に過ぎない。
西武・プリンスやエルムが示したのは、単なる「給与上げ」ではない。その給与を支える「仕組み」の変革だ。専門性を評価する制度、収入を安定させる構造、福利厚生を整える環境——これらが揃った時、人間は自然とそこで働きたいと思うようになる。
人事改革という言葉を耳にすると、コスト増や手間をかけると感じることが多いかもしれない。しかし、優秀な人材が集まることで生じる「生産性向上」の効果を考えれば、それは投資である。
ホテル業界に限らず、人手不足が叫ばれるあらゆる産業において、「制度」という土台を整えることが、最も確実な人材確保策だ。」

