はじめに
「社内研修」と聞いて、どのようなイメージを浮かびますか?
国内企業の多くは、形式的な集まりやレクレーションとしての研修を実施しているという報道も少なくありません。しかし、そのような研修から意外なほど大きな成果を上げている企業があります。
日本橋に本社を持つ電界メーカー・TDKが、海外で働く社員向けに実施したグローバル研修プログラムが、2024年に画期的な新規事業へと結びついたケースをご紹介します。
この記事では、
- TDKのグローバル研修という「意外な発祥」
- 人材開発から生まれたビジネス革新のプロセス
- 日本企業の新しい働き方への示唆
この3点を中心に、具体的な事例とともに解説します。
TDKのグローバル研修から生まれた画期的な新規事業とは?
TDKにおいて、「本気度が高い」と評価される社内研修プログラムがありました。2017年に始まったこの研修は、海外で働く約9万人の社員(全体約10万人)を対象に実施されました。
グローバル研修の4つの階層
TDKの研修は、役職に応じた4段階に分けられています:
| 階層 | 対象範囲 |
| 係長級 | 地域別に実施 |
| 課長級以上 | グローバルから選抜 |
| 役員級 | 中期経営計画に合わせて3年に1度 |
世界最大級の技術見本市で成果を展示
この研修プログラムが結実したのが、子会社「SensEI(センスイーアイ)」です。シンガポールに設立され、以下のサービスを展開しています:
- センサーというハードウェア
- 故障予知などのAIソフトウェア
2025年1月のラスベガスで開催された世界最大級の技術見本市「CES」でTDKブースでは、新商品を正式に展示しました。これは米国の大企業において極めて珍しい、「本気度が高い」と評価される活動です。
「本気」の研修がなぜ重要なのか
株式会社TDK執行役員のアンドレアス・ケラー人財本部部長は「参加を望む人でウエーティングリストができている」と述べています。これは、当初「応募が少なく、金の無駄とも言われた」(同氏)という状況からの変化です。
この研修プログラムが生まれた背景には、TDKの組織変革がありました。過去20年強で海外企業のM&A(合併・買収)を強化し、参画した社員が全体の4分の3を占める状況から、「TDKの歴史や文化を知らない、違う文化を持つ人たちをつなぐために」研修を開始しました。
具体的な事業化のプロセス
研修プログラムの成果を以下の形で活かしています:
- 新規事業化 – SensEIのように子会社設立
- 社内改善活動 – 仕組みとして社内で採用
これは「新規事業開発プロジェクトなどから生まれたものではない」という点で、一見すると偶然のような成功ですが、実は組織全体の取り組みから自然に生まれました。
TDKが成功を収めた人材開発の鍵は?
なぜTDKは、日本企業の一般的な研修とは異なる成果を出せたのでしょうか?以下に3つのポイントを解説します。
ポイント1:多様な国・地域からのメンバーを積極的に活用
参加者の多様性が最大の強み
- 米国本社ゼネラルマネージャーのジム・トラン氏らが中心メンバー
- 中国など異なる国から集まった提案が評価される
- 2024年1月末、東京・日本橋にあるTDK本社で、5人の国際メンバーが提案を披露
「エッジ領域の人工知能技術を集約した新規事業」への転換
このアイデアに対し、CEOの蔚藤昇氏が「私はこのアイデアが好話者」と評価し、「ビジネスプランとして作成して持ってきてくれ」と具体的なアクションを指示しました。
異なる国・地域から参画しているメンバーたちは想定外の追加注文に驚きましたが、わずか3カ月ほどで作成し、再び説明した5月には新規事業を担う子会社の設立が正式に決まりました。
ポイント2:ビジネススクールと組む高度な研修内容
TDKはスペインのIESEやスイスのIMDなどグローバルのビジネススクールと協力しています。この点は以下の理由から重要です:
| 研修の特徴 | 効果 |
| グローバルな視点 | 海外市場への理解深化 |
| ビジネス教育との連携 | 実践的な知識の習得 |
| 8カ所のプログラム | 多角的な学習機会 |
ポイント3:人事部門からの組織変革が先導
TDKは20年から人事部門の本社機能をドイツ・ミュンヘンに移し、日本人以外の社員が全体の約70%を占めるまでに変えました。アンドレアス・ケラー氏は「人事部門が先行し、他の本社部門に広げたい」と語っています。
実際に以下のような変化が起こっています:
- 広報部門のトップには前駐日ハンガリー大使が就任
- コーポレートオフィサーの半分を日本人以外が占める
このように、保守的な日本企業として批判される「日本経済新聞」で扱われた伝統的組織構造から脱却し、グローバル化への意欲を見せる動きが始まっています。
研修参加の背景:後継者計画との連携
研修プログラムの参加は単なるスキル向上だけでなく、以下のような目的も持たれています:
- サクセッションプラン(後継者計画)づくり
- グローバルで見たタレントの見える化
- 社内の人脈づくり
これらの要素を組み合わせることで、組織全体の成長に貢献しています。
研修の実施プロセスの詳細
| ステップ | 内容 |
| 1. アイデア募集 | 異なる国から集まったメンバーが提案 |
| 2. ビジネスプラン作成 | 3カ月ほどで完成 |
| 3. 説明・評価 | CEOらによる最終判断 |
| 4. 子会社設立 | 2024年5月頃、正式決定 |
このプロセスは「夜間に始まることも少なくない」というハードワークを伴っていますが、その結果生まれた事業は「米国でも珍しい『本気』の研修」と評価されています。
参加希望者の増加
ケラー氏は「責任者を口説いて回り」て研修に参加した人々の前向きな意見で周囲の考えを変えたと述べています。この結果として:
「今では『参加を望む人でウエーティングリストができている』」
という状況に至りました。これは、当初「最初の応募が少なく、金の無駄とも言われた」という状況からの変化を示しています。
日本企業への示唆と注意点
TDKの成功事例には、日本のビジネス環境にとって重要な示唆があります。以下にそのポイントをまとめます。
人材開発の重要性再確認
保守的な日本企業として「ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー」と批判されてきた時代もありましたが、TDKはもうそのような分類には当てはまらない状況になっています。
グローバル化が進む中で、以下のような取り組みが有効であることが示されています:
- 多様な人材の活用 – 海外で働く社員の文化や知識を生かす
- 継続的な研修投資 – 短期ではなく長期的視点での開発
- 組織構造の変革 – HR部門から変革を先導する
注意点1:単なる「研修」ではなく「ビジネスチャンス」と捉える
多くの企業で研修は「コスト」のように扱われがちですが、TDKの事例では:
「本気度の高い研修は初めて」という評価を得ています。
これは、研修を「スキル向上のため」だけでなく、「新規事業創出の可能性」としても捉えることが重要です。単なる講義やワークショップではなく、ビジネスプラン作成など実践的な活動に焦点を当てる必要があります。
注意点2:多様性の重要性を理解する
TDKの社員は約10万人いるが、約9万人が日本以外で働いています。ここ20年強で海外企業のM&Aを強化し、これらの企業から参画した社員が全体の4分の3を占める状況です。
異なる文化を持つ人たちをつなぐため、研修プログラムを開始しました。これは単なる「多様性の確保」だけでなく、実際のビジネス革新への道筋につながっています。
注意点3:成果の測定と継続的な改善
TDKでは以下のようになっています:
| 測定項目 | 現状 |
| 新規事業化 | SensEI設立など |
| 社内改善活動 | 仕組みとして採用 |
| 人脈形成 | グローバルでタレントの見える化 |
これらを継続的にモニタリングし、プログラム自体の改善を繰り返すことで、より高い成果を生み出すことができます。
コラム:「本気度」が重要な理由
米クアルコムや米ボーイングなど大企業でも「そこまでの研修はなかったようだ」とTDKは評価されています。その理由は:
1. 具体的なビジネス成果との関連性
単なるスキル向上ではなく、実際に事業化されるようなアイデアを生み出す研修が必要です。
2. 組織全体の変革への貢献
人事部門から先行し、他の本社部門に広げることで、組織全体の文化を改革します。
3. タレントの見える化と後継者計画
グローバルで見たタレントの可視化とサクセッションプランづくりにも役立ちます。
日本企業へのアドバイス
保守的な日本企業であっても、以下のような取り組みを開始することで、TDKのような成果を得ることができます:
- 多様な人材の参画を促進する – M&Aや海外展開を通じて人材の多様化を図る
- ビジネススクールとの連携を検討する – グローバルな視点を習得させる
- 人事部門からの先導を期待する – HRが組織変革の中心となるようにする
まとめ
「社内研修」と言われたら、多くの人が思い浮かべるのは、形式的な集会やレクレーションかもしれません。しかし、日本橋にある電界メーカー・TDKの事例は、全く異なる可能性を示しています。
2017年に始まったグローバル研修プログラムは、わずか数年で以下の成果を生みました:
- 新規事業「SensEI」の設立
- CESなどの世界最大級展示会での新商品展示
- 多様な文化を持つ社員をつなぐ組織変革
この成功には、単なる「研修実施」という取り組みだけではありません。以下のような要素が組み合わさっています:
- 人材開発とビジネス創出の統合 – 研修をコストではなく投資として捉える
- 多様性の活用 – 異なる国・地域の知識を生かす
- 組織全体の変革 – HR部門から変革を先導する
TDKのCEOは「私はこのアイデアが好話者」と新規事業への評価を示しましたが、これは単なる称賛ではありません。実際にビジネスプランとして作成し、子会社設立に至るまで具体的なアクションが取られました。
日本のビジネス環境において、「ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー」という批判に直面する企業は依然多いです。しかし、TDKの事例は、その固定観念を変えていく可能性を示しています。グローバル化が進む中で、保守的な日本企業が新たな成長機会を見つけ出すことは、単なる「時代に取り残されない」ための対策ではありません。むしろ、「未来をリードする」という立場を確立するための重要なステップです。
人材開発への投資が、どのようにビジネス革新を生み出すかという問いに対して、TDKの事例は明確な答えを示しています。社内研修という一見すると「コストに思える」取り組みにも、組織全体の成長に貢献する可能性が秘められているのです。


