はじめに
多くの企業が抱える課題、それは「経理業務の負担」と「経営判断への付加価値」です。従来のスプレッドシート作業から解放されながら、どうすれば経営戦略のパートナーとなれるのか。
この記事では、大手企業からスタートアップまでの実例を通じて、現代における経理DX(デジタルトランスフォーメーション)の正しさを解説します。「財務部門の本質的価値」を再定義するための具体的な知見を得られるでしょう。
「事業本部長の右腕」になる:
経理部門の変革3ステップと未来像
近年、企業の経理部には大きな変革の波が押し寄せています。従来の「時価総額約13兆円の第一三共、武田薬品工業などの大手製薬企業でも見られる組織改革」が、より一層加速しています。なぜなのか?
結論から言えば、「財務戦略強化の一環として進められた組織変革」です。
2017年、中外製薬は「ファイナンス・ビジネスパートナー」という新体制を導入。従来の本社型経理から、各事業本部・ユニットに配置する転換を遂げました。これは単なる部署再編ではなく、財務人材を「現場を知る橋渡し役」として機能させる画期的な試みでした。
具体的には以下の3ステップで変革を進めます。
ステップ1:事業部門への配置と二足歩行体制
- 本社・事業視点の両方を併せ持つ「2本足打法」を採用
- 所属は事業部門に置きつつ、報告は本社6割、財務経理部4割のバランス維持
- CFO(最高財務責任者)の谷口岩昭氏は「実効性の高い管理には現場感覚が不可欠」と強調
ステップ2:デジタル化による業務効率化
- 支払業務で税務区分7割を生成AIが自動入力
- 事務作業から解放された経理部は分析業務に集中
- SMBC(三井住友FG)では全業務の約75%を自動化
ステップ3:サステナビリティ情報の開示対応
- CO2排出量計測・開示の「炭素会計」が法定化へ
- 600拠点に分散したデータを中央で一元管理するシステムを導入
- 伊藤忠商事は新興ベンダーBooost㈱と組み、リスクを許容してDX投資
これらの変革により、「単なるコスト削減」から「経営判断のよりどころ」という役割へ、経理部門の本質的な価値がシフトしています。
デジタル化で実現する「付加価値創出」:具体例とメリット
ポイント1:RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の本質的理解
多くの企業で導入されるRPAについてですが、これは単なる事務自動化ではありません。例えば、数百種類ある勘定科目や税務区分を申請者が判断して入力するのは人手不足時代の苦行です。生成AIとルールを組み合わせて「正しい科目・区分を自動表示」することで、人間はより高度な分析に集中できるようになります。
SMBC FGの山本慶氏はこう断言します。「経理の質は経営の質を変える」。つまり、経理業務を整理・標準化し、75%の自動化を実現した後は、経営判断に役立つ情報提供にリソースを割くのです。
ポイント2:「共創会計」という新しい発想
スタートアップ企業向けの人材紹介サービス「スターマイン」では、独自理論である「共創会計」を実践しています。従来の経理は「過去の実績を説明する道具」でしたが、それを「価値を生み出す経営システム」へと再定義しました。
具体的な仕組み:
- 各部署が予算進捗や業績を報告する会議を廃止
- 代わりに月1回、共創会計ミーティングを開催
- 数字の裏側まで一緒に考える対話型の場へ転換
- 経理部は社内でもサービス価格で取引し、各部署を顧客として捉える
26年2月期には売上高が15億8000万円と最高値を更新。営業利益も前期比7割増の見通しです。小規模企業でも付加価値創出は可能です。
ポイント3:サステナビリティ開示の義務化と対応
環境温暖化対策の高まりを受け、SSBJ基準(持続可能性情報開示)への対応が急務になっています。時価総額3兆円以上の企業が27年3月期から適用義務化され、1兆円以上なら28年3月期に同様に義務化されます。
これまでは任意での開示でしたが、法定開示では段違いの正確性が要求されるため、システム対応が必須です。伊藤忠商事は新興ベンダーBooost㈱のツールを導入し、以下のようなメリットを得ました:
- 現場のエクセル作業から解放
- ファイル送付不要でリアルタイム状況把握可能
- 監査法人の監査に備えられるように
「決してベンダーに丸投げせず、二人三脚で開発する形にしたことでリスクも低減」という点は重要な教訓です。
経理DXの注意点:ベンダーロックイン回避とROI最大化
補足1:「デジタル右腕」育成のための人材戦略
大手企業の組織変革には人的投資が不可欠です。中外製薬の谷口氏は「将来の成長に向けてM&Aや出資も起こりうる。ファイナンス・ビジネスパートナーはリード役として積極的に活躍してほしい」と期待しています。
つまり、デジタルツール導入だけでなく、財務人材を「事業部門の一員」として再配置することが成功の鍵となります。報告の度合いが事業部門へ6割、本社へ4割というバランスは、現場と経営の両方の視点を維持するための工夫です。
補足2:ベンダーロックインのリスク管理
新興ベンダーBooost㈱を例にすると、大企業向けのサステナ開示を担う同社の商品力を評価して伊藤忠が出資しました。「自社の顧客基盤も利用して販売を伸ばす」という戦略です。これにより、「特定IT企業への依存」は低減できます。
一般的には「ベンダーロックイン」と呼ばれるリスクがありますが、伊藤忠の場合9000億円規模の連結純利益を持つ企業が100人前後の新興企業に情報基盤を依存することには小さくないリスクを考えながらも、一歩先を行く必要があったと判断しました。
補足3:ROI(投資収益率)最大化の実践
単なるコスト削減ではなく、価値の創出にもこだわりながら投資を行うことが重要です。SMBC FGの山本氏は「投資収益率を最大化させていく」と表明しています。
具体的には:
- 経理業務の約75%を自動化で72%-88%の人間確認不要水準へ
- 残りの25%を経営判断に役立てる分析業務へ集中
- サービス価値向上による経営判断の強化
これが「単なるコストセンターから戦略パートナーへ」の変化の本質です。
まとめ
「デジタル化」という言葉は近年、多くの企業に響いていますが、その実態は多岐にわたります。スプレッドシートからAIへ、現場型人材から戦略パートナーへと、経理部門の変革は単なる業務効率化ではありません。それは「経営判断を支えるインフラ」への転換です。
大手企業の組織改革を見ると、なぜわざわざ事業部門に財務人材を置くのかという問いが生じます。答えは明快です。「グローバルに活動する中で事業構造が複雑になり、不確実性が高まった環境では、リスクマネジメントの一端として財務管理をさらに精査する必要があるから」なのです。
中外製薬の谷口氏の「2本足打法」は示唆に富んでいます。本社と事業部門の両方の視点を持つ人材こそ、現場の実態を知りつつ戦略的な判断ができるからです。この考え方は小規模企業にも適用可能です。「共創会計」という発想から、経理部を各部署の顧客として捉え、価値共有を進めるのは、スケールに関係なく有効です。
サステナビリティ開示の義務化も無視できません。27年3月期に時価総額3兆円以上の企業で適用義務化される炭素会計への対応は、「環境対策」という観点だけでなく、「企業価値向上」のための投資です。伊藤忠商事の事例から学べるのは、新興ベンダーとのパートナーシップによるリスク分散と、長期視点でのDX投資が重要であることです。
最も重要な気づきは「経理は管理ではなく、各部署を顧客として捉える事業の一つ」という考え方です。これを採用すれば、単なるコスト削減から価値創造へシフトできます。ROI(投資収益率)を最大化し続けることで、「経理の質は経営の質を変える」という主張を実践的に支えられるでしょう。
デジタル化が追い風ではなく、戦略的パートナーシップへの転換点です。そのために「ファイナンス・ビジネスパートナー」のような人材育成や、「共創会計」という付加価値発想の実践が必要です。規模を問わず、経理部門は経営判断のよりどころとなり得ます。それが現代の企業の生存戦略となります。


