最近、本を読んでいて「どこか物足りない」と感じたことはありませんか?
刺激は強い。設定も派手。けれど、読み終えたあとに何も残らない――。
もし、いま私たちが“官能小説は軽いものだ”と思い込んでいるとしたら?
もしその常識こそが、間違っているとしたら?
市場は縮小し、紙の本は減り、流行だけが消費されていく。
そんな中であえて「文学としての官能」を掲げ、真正面から勝負を挑んだ雑誌があります。
それが、プロ官能作家集団「与」による新官能文芸
『艶想』です。
私が最も心を撃ち抜かれたのは、
「官能ルネッサンス」という宣言です。
いま主流となっているのは、ゲーム的世界観や流行ジャンルを取り込んだ、消費速度の速い作品群。しかし『艶想』はそこに背を向けます。
目指すのは、
✔ ずっしりとした物語性
✔ 時代を超えて通用する表現
✔ 人間の性の本質をえぐる文学性
1960年代、芥川賞や直木賞級の作家が官能を書いていた時代がありました。
理屈っぽい若者が、岩波新書の隣で官能小説を手に取っていた時代です。
「エロい」だけではない。
読まずにはいられなくなる文章の力。
それを本気で取り戻そうとしている。
ここに、私は震えました。
これは単なるアンソロジーではありません。
ジャンルの未来を賭けた挑戦なのです。
-
“刺激”ではなく“物語”を求める自分に気づく
読む快楽の質が一段階上がります。 -
官能というジャンルへの偏見が崩れる
「これも官能なのか!」という発見があります。 -
自分の感性を信じたくなる
流行ではなく、本当に面白いものを選びたくなる。
いま、出版界は守りに入っています。
だからこそ、攻めの一冊は貴重です。
『艶想』は、「売れそうなもの」ではなく
「書きたいものを書く」覚悟から生まれた本です。
もしあなたが
・最近の物語に物足りなさを感じている
・文学としての深みを求めている
・本気の文章に出会いたい
そう思うなら、今このタイミングで読んでください。
新しい刺激ではなく、
新しい“読書体験”が、ここにあります。



コメント